2006年01月29日 (日)

長谷川滋利投手が引退

前マリナーズの長谷川滋利投手(37)が23日、現役引退を発表しました。オフにFAとなり、マリナーズを退団。その後、ドジャース、エンゼルス、巨人など日米複数球団からオファーを受けていましたが、契約を結ぶことはなく、「モチベーションの低下」を理由に、メジャーのユニホームを脱ぐことになりました。

長谷川投手は1991年、立命大からドラフト1位でオリックスへ入団。 1年目に12勝を挙げ、新人王に選ばれました。97年にエンゼルスに移籍し、中継ぎとして活躍。2002年からはマリナーズに所属し、 03年にはオールスター戦にも出場。昨年は46試合に登板して1勝3敗、防御率4.19を記録。日本での通算成績は6年間で57勝45敗4セーブ。大リーグでは9年間で517試合登板を達成し、通算成績45勝43敗33セーブを記録しました。 

オリックスでは93年から3年連続で2ケタ勝利を挙げるなどエースとして活躍した。94年オフからあこがれだった米移籍を訴え、97年1月にエンゼルス入団を実現させた。メジャーでも毎年コンスタントに安定した成績を残し、昨年7月には日本人投手初となる500試合登板を達成。517試合登板は日本人歴代1位、通算45勝は野茂(前ヤンキース3A)に次ぐ同2位。自己最高のシーズンとなった03年には、28回2/3連続無失点、防御率1・48でともにマ軍救援投手の球団記録を塗り替えた。長谷川は「どのシーズンも楽しい思い出であり、貴重な経験になりました」と振り返った。

「アメリカに住みたかったから(大リーグに行った)」など、そのユニークなキャラクターに惚れ、密かにファンだった長谷川投手。個性派で鳴らした彼には、イチロー選手などとはまた違った魅力があり、「野球バカ」といった様な、その道一筋の人間とはどこか一線を画する大人な雰囲気を持っていました。表立ってスポットライトを浴びる派手さはなかったものの、プロとして見せる仕事はいぶし銀の如く渋いもので、「仕事人」の名に相応しいピッチャーでしたね。

今後の動向が注目されますが、事業家への転身も視野に入っているという長谷川投手。その造嗜は深く、流暢な英語を操る傍ら、経済誌を愛読するなど、実は素養は充分。不動産ビジネスに熱心で、専門家も顔負けの知識を有するという彼のフィールドは広く、既存の枠に収まらない「可能性」があります。これほど引退後の人生が興味深い選手も珍しい。

リンク:
前マ軍長谷川引退、実業家転身も視野
長谷川投手が引退=日米で通算102勝−米大リーグ

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