2006年09月23日 (土)

アニメ「ウィッチブレイド」最終回

アメリカン・コミックの原作を翻案し、“ウィッチブレイド”の基本設定のみを用いたオリジナル・アニメーションとして制作された「ウィッチブレイド」。GONZOらしい、“B級映画”的な如何わしさが貫かれた作品であったと言えるでしょう。

古代から伝承される最強の武器、「ウィッチブレイド」。自らの意志を持ち、戦闘ごとに自在に形を変えるというこの武器の目的は「闘うこと」そのものにある。闘いへの渇望を満たすために必要なもの。それは、ウィッチブレイド自らが適合者として選んだ「運命の女」だけ。今、一人の女が選ばれた。斬る(Kill)か、生きる(Live)か。伝説は再び、新たな「覚醒」の時を迎える。

ウィッチブレイド

作画クオリティが初回以来の高水準な仕上がりを見せ、クライマックスらしい盛り上がりで締め括られた第24話「光」。

“ウィッチブレイド”と雅音、その死を司る運命の女の物語は、悲哀に満ちたものでした。蘇峰玲奈の死以降、特に“親子愛”といった類いの、人としての根源的な問い掛けが、作品のテーマとしてより強くあぶり出されていた気がします。クローンブレイドの母、そしてアイウェポンの母として、東京タワーと(違)心中する雅音。梨穂子の純粋さと気丈さに応えた雅音の最後の愛情と優しさは、母としての輝きと強さ、そして切なさに溢れていました。梨穂子にとっては辛い結末でしたが、我らが鷹山が傍らに居てくれたことが、唯一せめてもの救いでありましょう。

全体的に作品を見ると、随分と駆け足に内容を詰め込んでしまった印象で、演出も脚本も、もっと練り込むことが出来たのではないかと感じてしまいます。最終話にしても、“ウィッチブレイド”の行く末は兎も角として、斗沢を始めとした各キャラクターの行動が中途半端に解消し切れなかったことで、一方では消化不足の感が否めません。尺の長さや構成そのものの善し悪しが関わってくる話ですが、素性の良さは十分に感じたので、もう一歩掘り下げられなかったことが一寸惜しい、というのが正直なところ。「良いGONZO⇔悪いGONZO」で言えば間違いなく「良いGONZO」になるのでしょうが、決して手放しでは褒められない、でも嫌いにはなれない、そんなもどかしさを感じる微妙な作品でございました。

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