2007年12月18日 (火)

ハイアン・グレイシー死去

“グレイシー一族 最凶の男”“グレイシー一族の問題児”こと、ブラジリアン柔術家で総合格闘家のハイアン・グレイシー氏(33)が、現地時間15日、サンパウロの拘置所で死亡しました。

グレイシー一族「最凶」の男 ハイアン独房で死す

15日午前7時半頃、サンパウロ西部にある91分署の独房の隅で倒れているところを、看守に発見されたとのこと。既に脈拍はない状態で、目立った外傷はなかったという。ハイアン氏は、14日に起こした自動車窃盗の罪などで拘置されていました。死因は明らかにされていませんが、心臓発作で亡くなった可能性が報じられています。逮捕時に行われた尿検査では、微量のコカイン、マリファナが検出されていました。

寒風吹きすさぶ昨今の、まるで心にぽっかりと穴が空いてしまったかの様な物足りなさは何だろう……そうだ、PRIDEがないからだ───その悲しいまでの現実に気付かされたハイアン・グレイシーの訃報。当時、唯一と言っていいリアルプロレスリングの舞台だったPRIDEの、恐らくは最盛期を象徴する選手の一人であったであろうハイアン。あまりにも呆気なく消滅してしまったPRIDEの後を追うかのように去っていった彼の人生に、因縁めいたものを感じてしまうのは大袈裟でしょうか。

高田延彦vsヒクソン・グレイシーから始まったPRIDEも、晩年にして思えば、血肉沸き踊った日本人選手といえば、藤田和之選手とケンドー・カシンくらいなもの。それだけに、ケンドー・カシンこと石澤常光選手が壮絶なKO負けを喫することになったハイアン・グレイシーのPRIDEデビュー戦は衝撃的なものでした。名門グレイシーの血族ながら、銃で撃たれた、相手の耳を噛みちぎった、マフィアとのトラブルで海に沈められたなど、数々の伝説を持つ本物の不良、本物のチンピラであったハイアン。それ故の凶暴かつムラのあるファイトスタイルで、時折、まばゆいばかりの輝きを放つ瞬間がありました。あの狂気じみた眼光の鋭さとアグレッシブな試合内容は狂犬ならではのもので、日本では育たないタイプのファイターだったと言えます。それだけに、プロとしての自己管理が出来ていればもっと強くなっていたのでしょうが、やんちゃが過ぎることを身上とする以上、結局のところ誰の声にも耳を貸すことはなかったのだと思います。

呆れるような素行の悪さばかりが目立ちましたが、何も本当に死ぬこたぁないのに。でもそこが最期まで実にハイアンらしかった。その傍らでは、馬鹿な弟ほど可愛いのか、彼がどんな無茶をやっても必死に庇ってきたヘンゾの兄貴が、一気に老け込んでしまいそうで心配です。PRIDEファンの一人として、心から合掌。

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