2008年11月09日 (日)

F1世界選手権最終戦、ハミルトンが最年少王者に

近年、これほどドラマチックな最終戦があっただろうか。11月2日、その日、勝者は泣き、敗者は笑った。最終コーナーの悲劇───台本があっても普通こうは行かないもんだ。

2008年F1世界選手権第18戦ブラジルGP。昨年に続いて最終戦までもつれ込んだタイトル争いは、第17戦中国GPを終えた時点で、選手権をリードするルイス・ハミルトンと2位フェリペ・マッサとのポイント差は7。マッサのチャンピオンシップ獲得条件は、自身の2位以上とハミルトンが6位以下となること。例えマッサが優勝したとしても、ハミルトンが5位以内に入れば順位の変動が無いままタイトルが決定します。どちらが勝っても初優勝となるこの日、半世紀を超えるF1の歴史において史上30人目となるチャンピオンの行方は、意地とプライドを懸けた直接対決の舞台となるインテルラゴス・サーキットに託されました。

週末を通じて好調だったマッサは、チャンピオンシップを懸けた最終戦を母国開催で迎えるという場面で、会心のポールポジションを獲得。一方で、完全アウェーとなるハミルトンも4番手とまずまずのスターティンググリッドを獲得し、情勢はハミルトンに優位のまま、全ては決勝レース次第という展開へ。決勝スタート直前の天候は曇りでドライコンディション。しかし、スタート5分前に突然激しい豪雨に見舞われ、スタートは10分ディレイ。雨は一瞬で止むものの路面はドライとウェットが混在した状況となり、波乱を予感させる立ち上がりに。雨に弱いと言われるマッサにとっては難しいコンディションで、ハミルトンにとっては恵みの雨になると思われました。


  • ほぼ全車がスタンダードウェットタイヤを装着してのスタートは、ポールポジションのマッサを先頭に上位陣はポジションをキープ。後方では数台がもつれ合った末にデビッド・クルサードが中嶋一貴を巻き込んでクラッシュ、ネルソン・ピケJr.もコースオフしてリタイア。このアクシデントでセーフティカーが導入されるものの、マッサがトップを堅持し、ファステストを更新しながらレースをリード。
  • 2番手ヤルノ・トゥルーリ、3番手キミ・ライコネン、4番手ハミルトンと、上位4台は予選順のまま慎重にラップを重ねるも、路面状況の回復した7周目辺りからドライタイヤにスイッチするマシンが増え始め、上位陣では10周目にマッサ、11周目にはトゥルーリ、ライコネン、ハミルトンがピットインしドライタイヤに交換。この間にセバスチャン・ベッテルとアロンソが順位を上げ、マッサ、ベッテル、アロンソ、ライコネン、ジャンカルロ・フィジケラ、ハミルトン、ティモ・グロック、セバスチャン・ブルデーというトップ8オーダー。
  • 6番手に後退したハミルトンは、18周目に好走を続けていたフィジケラをパスして5番手に浮上。一方、首位のマッサは、2番手のベッテルとファステストを奪い合いながら走行するもトップを死守。28周目にベッテルが2回目のピットストップを行うと、代わってアロンソが2番手に上がるものの、30周を過ぎるとマッサはペースを上げ、アロンソを凌ぐラップタイムを連発、アロンソとの差を7秒以上に広げトップの座を確かなものに。リードを維持したまま、マッサは38周目に2回目のピットストップを行い、ここでレースを走りきるだけの燃料を積むと、41周目にアロンソとハミルトン、 43周目にはライコネンも同様に2回目のピット作業を行う。
  • ここまで上位陣に大きな混乱はなく、オーダーはマッサ、ベッテル、アロンソ、ライコネン、ハミルトン。作戦的にもう1回ピット作業が必要なベッテルは、スパートをかけた後、52周目に3回目のピットストップを行うと、4番手ハミルトンの後方でコースに復帰。再度快調なペースを見せてハミルトンに1秒以内と迫る。
  • しかし、60周目を過ぎる頃から俄に雲行きが怪しくなり、63周目辺りで再び雨が降り始めると、レースは大きく動き出す。残り7周の時点で後方のマシンがスタンダードウェットタイヤに交換すると、これを見て、残り5周にはアロンソ、ライコネン、ハミルトン、ベッテルが、その翌周にはトップのマッサがピットストップ。1周判断の遅れたハミルトンは5番手に後退し、これでトップ8のオーダーは、マッサ、アロンソ、ライコネン、グロック、ハミルトン、ベッテル、トゥルーリ、ヘイキ・コバライネンとなり、ドライタイヤのまま走行を続けるグロックとトゥルーリが順位を上げる。
  • 残り2周、ピットイン前からハミルトンを追っていたベッテルがバックマーカーの間隙を縫ってハミルトンのテールを捕まえると、最終コーナーでオーバーランを誘い、一瞬ワイドになったハミルトンをオーバーテイクして5番手に浮上。ハミルトンは6番手に後退してファイナルラップに入る。対するマッサは首位を快走。この時点でチャンピオンの権利はマッサに移り、ハミルトンはあと1つポジションを上げる必要があった為、情勢はマッサに優位と見られたが、レースは予想外の結末へ。
  • ベッテルは1コーナー、4コーナーとポイントを抑えてポジションをキープ。マシンコントロールに苦労するハミルトンは6番手のまま最終セクションを迎える。その間にマッサはトップチェッカー、2位アロンソ、3位ライコネンまでがコントロールラインを通過。マッサの逆転タイトルかと思われたが、ドライタイヤのまま走行していたグロックがまさかのペースダウンで、ベッテルに続きハミルトンにまでもポジションを明け渡してしまう。最終コーナーでベッテル、ハミルトンが一つずつ順位を上げて、4位ベッテル、5位ハミルトン、6位グロック、7位コバライネン、8位トゥルーリの順でチェッカーフラッグ。

誰もが想像だにしなかった最終ラップ、最終コーナーでのドラマ。ハミルトンのオーバーテイクも、ぬか喜びに終わったチームの歓喜も、マッサの涙も、眼前で繰り広げられる一連の光景は呆気に取られる他ありませんでした。2008年F1世界選手権第18戦ブラジルGPは決勝71ラップを戦い、マッサの優勝で幕を閉じるも、ハミルトンが5位に入賞し4ポイントを獲得。この結果、98ポイントでポイントリーダーを守ったルイス・ハミルトンが参戦2年目にしてアロンソの記録を122日破り、史上最年少ワールドチャンピオンに輝きました。マクラーレンのドライバーズタイトル獲得は1999年のミカ・ハッキネン以来9年ぶりのことで、ハミルトンの育ての親ロン・デニスにとっては12年越しの悲願達成となります。

ハミルトンは最後の最後で優勝と等価の5位を勝ち取ると共に、一時は失いかけたチャンピオンの座を引き寄せ、昨年取り逃がした栄冠を獲得。チャンピオン獲得圏外から奇跡的なポジションアップを果たし、激戦となった2年目のシーズンを歴史的な偉業で締め括ることで、自身のシンデレラストーリーを最高の結末で迎えました。一方、チャンピオンシップを懸けた母国GPを優勝で飾るも最終的に1ポイント及ばなかったマッサは、今シーズンの最多勝利ドライバーとなり、チャンピオンシップを2位で終えていますが、アイルトン・セナ以来となるブラジル人チャンピオンの誕生は一先ずお預けとなったものの、インテルラゴスは空前のフィーバーに沸き、大きな足跡を残しています。

昨年に続き1ポイント差を争う混戦となったチャンピオンシップですが、総じて、ドライバーのミスやチームのミス、また、スチュワードの裁定を巡る混乱も多く、タラレバが多く語られるシーズンだったと思われる2008年。しかし、佐藤琢磨有するSAF1撤退以降、アンチ・ハミルトンの急先鋒としてマッサ、アロンソ両選手の応援に力を入れていたいちF1ファンとしては、F1の醍醐味、F1冥利に尽きるという意味では、見応えのあるシーズンだったと思います。特に、アロンソは中盤戦以降、戦闘力の劣るマシンを駆りながらも輝きを放ち、観客を楽しませてくれました。その傍らで、全力を尽くしながら、あと一歩のところでタイトルを逃し、僅か1ポイント差に泣いたマッサは、パルクフェルメと表彰台では感情を抑えることが出来ずに居ました。しかし、多くの勝ち方も負け方も学び、今年大きく成長した彼は、敗者としての威厳を見せています。ここ極東の地ではミハエル・シューマッハ最後の弟子を謳われ、名門トップチームの片腕を任されながら、アップダウンの激しい走りで批判に晒されることも多かったマッサとしては、名実共にトップドライバーの仲間入りを果たすことになった今シーズンの活躍は大きな収穫と言えるでしょう。

それだけに、プレッシャーの掛かる終盤戦で精神的に未熟なところを見せたハミルトンに対して、土壇場にこそ力強く安定したレースを戦い、真価を発揮して見せたマッサにこそ今年は戴冠させてやりたかった、というのが本音で、ハミルトンに対しては勝利数で上回っているだけに、悔しくないと言えば嘘になります。それでも、これがレースであり、これがスポーツ。今は、史上最年少王者として、また、史上初の黒人王者として、歴史に名を刻んだハミルトンを讃えたい気持ちです。そして、誇るべき美しき敗者、マッサの頑張りにも心から賞賛の拍手を送りたい。モータースポーツとしてのF1の先行きが不安視される中で、SAF1撤退という愕然とさせられるニュースもあった今年のF1ですが、でも最後にはやっぱり面白かったと言えるシーズンだったと思います。

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