2016年08月01日 (月)

元横綱・千代の富士が死去

私に初めて「横綱」という価値観を植え付けた稀代の猛者・千代の富士。横綱かくあるべしという規範であり、模範であり、ブラウン管の向こう側でリアルに息づく偶像の“しるべ”は、言わば小さなヒーローの英雄譚でありました。

左前みつを取って前へ出る速攻や強烈な上手投げなど、力強さとスピードを兼ね備えた相撲を取って優勝を重ね、引き締まった筋肉質の体と精かんな顔だちから「ウルフ」のニックネームで圧倒的な人気を誇りました。

元横綱・千代の富士の九重親方が死去 | NHKニュース

記憶が確かならば、当時、ホームルームで話題を掻っ攫えるスポーツマンといえば清原和博か長州力か千代の富士くらい。横綱とは全勝して優勝するのが当たり前、たとえ一敗でも負ければそれが翌日学校での話題になる、そんな温度感。それほどまでに圧倒的に強く、そして美しかった。

硬質な筋肉をまとった鋼のような肉体、まるでドラゴンボールを見るかのようなスピーディな肉弾戦と鋭角的な立ち会いの切れ味、隆々とした肩部と筋張った四肢の繊維がほとばしる力強さ、巨漢にぶちかまされてもビクともしない鉤爪でも引っ掛けているかのような足さばきと下半身のバランス───他の力士とは一線を画するその出で立ちはまさにアスリートのそれであり、全盛期から衝撃の「体力の限界……!」会見まで、その雄姿と、無常と、あの無双の日々をリアルタイムで目に焼き付けられたのは、少なからず不肖の人生に影響を与えた出来事であり、同時代を生きられた者の幸運だったのだろうと思います。

そんな勇猛果敢で唯一無二の「強さの象徴」も病には勝てなかった。61歳という若さに、なおさらショックを隠せません。角界最後の巨星が墜ち、いよいよ昭和という時代の幕引きが近いことを実感させます。合掌。

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