2012年10月05日 (金)

【HD800】中間報告:経過目安200時間

HD650のケーススタディでも感じましたが、ドルビーヘッドホンなどのバーチャルサラウンドでは、定位の分散、実体感の薄まりと合わせて、音源が耳から遠くなる分、音色の変化への気付きがゆったりとしていて、結果的によりエージングに時間が掛かる傾向がある……かもしれないし、ないかもしれません。

エンドレスエイト

そのエージングを広義に“音の変化”と捉えるならば、それこそエンドレスに続くとも言われる伝説がまことしやかに囁かれるHD800。即ち、有象無象のネット吟遊詩人が語るところによれば、例えば、ヘッドホンアンプのメーカー開発担当に曰く「HD800は1000時間を超えても音が変化するので、合わせるのが大変。調整した次の日にはまた微妙に音が変わっていたりするので、どの時点でどういうチューニングを施すのが適切か、その辺りの見極めに苦労する」と。

一方で、「特定のシリアルナンバー以降は周波数特性にも変更が加えられている」とする説も定着しており、*000番以降は低音が盛られているとか、1*000番以降は高音域の凹凸がなだらかになっているとか(ちなみに、今夏の時点で最新のシリアルナンバーは17000番台まで確認されている模様)。

いずれも確たる根拠はなく、真偽は定かでないものの、そういうミステリアスな部分でさえ、引っ括めればHD800の魅力であると言えてしまうのが本機の凄さであります。

しかし、HD650時分にもそういった傾向はありましたが、特にHD800を使っていると、聴き手に相応の能力が要求されるということを痛感します。つまり、HD800の特性 + バーチャルサラウンドによるチャンネルの拡張でこれだけ音場が広いと、そこから全てのニュアンスを拾うには、それなりの環境と聴覚が要るということ───例えば、遠い音はしっかり遠く聴こえる、というのが音場の広さでいうHD800の特徴の一つだと思うので、それをどう汲み取るべきか、ということです。残念ながら、私の貧乏耳では常にHD800の全力を受け止めることは難しい。仮に、

  • 環境騒音の少ない深夜や早朝といった時間帯に(静謐な空間と設備で)
  • 音楽のみに集中して鑑賞した時に拾える音場(万全な労力と体調で)

これがニュートラルの状態で味わえるコンディションがあったなら、今味わえる幸せも2倍だったろうなぁと。正直、悔しいですよ、そういった悔しさまでをも噛み締めることができる製品なんですね、HD800というのは。

覚醒の兆し

その傍らで、実駆動時間が凡そ150時間を超過した辺りから、いよいよ第2ステージの兆候が。HD650の甘ったるく艶やかな音色がしっとりと染み込んで来る感覚とは違い、とにかく綺麗で、爽やかで、生気に溢れる調和の瑞々しさと、清潔感のある健康的な“美”を主張する場の支配感に、ただただ恍惚と聴き惚れるこの感覚は、ゾクゾクするというよりは完全な没頭と没入であり。そろそろ化け始めたかもしれない、と。

高音域の刺さりが消え、タイトでしなやかな低音もしっかりと存在感を主張する様になりましたが、一番大きな変化は音の響き。打楽器の皮膜や弦楽器の弦が空気を弾く様子、その振動や気配が反射音、残響音を通してダイレクトに伝わってくる臨場感の極致にある空間表現、演者の息遣いまでもが“見える”ような生々しさ、まるで頭の中と目の前で三次元的に生演奏が繰り広げられているかのような実在感のある音響は圧巻です。ヘッドホンでありながら音圧が適切に分散するスピーカーに近い特性、全般にライブ音源っぽい響きになるという巷のレビューの云わんとしていることが分かってきた気がします。まさに“ちょっとしたイヤースピーカー”の理であります。

スピード感があり、キレがある───といっても、上質な革張りのようなゼンハイザーらしい強靭さと厚み、深みをも持ち合わせるHD800は、打ち込み系や昨今のJ-POPアニソンもイケてしまう憎いヤツ。勿論、ロック、ポップス、テクノ、エレクトロニカを中心とした洋楽とも相性がいい。ただ、一つ付け入る隙があるとすれば、HD800はどちらかと言えば寒色系であること。それと、厳密にはフラットではないのだ。純粋な好みだけで言えば、恐らく自分は暖色系を嗜好するタイプなので、もし今後、奇跡的にHD650の正しく完全上位互換と呼べる機種が爆誕することがあるとすれば、スパイラルに陥る可能性は否定できない、かもしれない。それでも、リアリティとして、今はこれ以上のヘッドホンなんてまるで考えられない。私は今、螺旋の頂きに辿り着いているのだ。

追伸

なお、“ちょっとしたイヤースピーカー”の特性をモニタリングするには、イヤーカップの外も外の、ヘッドホンの物理的な距離感からは考えられないくらい、ちょっと遠目の場所に意識を置くと、奥行きや深度がよりはっきりと認識できますが、やはり楽しみ方としては、この極上の包容感にただただ素直に溺れるというのが正解でしょう。

ただ、直上にああ書いておいて何なのだけど、最近は「これは本当に寒色系なのだろうか」「“厳密にフラットではない”というのはあくまでもf特上の習性であって、聴感上のバランスは実はフラットに近いのではなかろうか」と悩むこともしばしば。これでもゼンハイザーらしい温かさ、柔らかさは十二分に感じられるし、その睡眠導入作用を鑑みるまでもなく、耳当たりは極めて中立的であるし、日を追う毎に様々な気付きがあるので、その都度、色々なことを思ったり考えたりはするのだけど、元も子もない言い方をすれば、実際のところ「気持ち良過ぎてよう分からん(夢心地ウットリ)」というのが本音に近い。

参考

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